NGOピースボート、退職します

私は、「ピースボート」という地球一周の船旅をコーディネートするNGOで14年間働いていましたが、2018年3月をもって、「退職」します。

関係者のみなさま、そして直接報告できていない方がほとんど。ブログでお知らせする形になってしまった方、大変失礼しました。ピースボートという空間には、「感謝」でしかありません。

この場を借りて、自分が関わったピースボートを語り、振り返り、確認作業を行い、そしてアウトプットしていきたいと思いブログにしました。

ピースボートの真実。これは自分自身の中にあり、それぞれ。

35年の歴史がありますが、今、どんな人が働いているのかだけでも知ってもらうとクリアになることが多いと思います。

ピースボートとは

ピースボート、と聞いて色々なことを想像する方がいるはず。

懐かしのTOPAZ。2004年4月に初めて港に行った。

「ピースボートの職員」の貴重で、偏った、リアルな声として、伝えていきます。ピースボートは「国際交流を目的として設立された日本の非政府組織、もしくは、その団体が主催している船舶旅行の名称である。」とウィキペディアに書いてある。団体を紹介する際には、「国際交流の船旅をコーディネートするNGO(非政府組織)」と説明している。

ネット上で検索すると、、、こうなる。。。

ピースボート怪しい、ピースボート真実、ピースボート正体、ピースボート闇、ピースボート洗脳、ピースボート北朝鮮・・・

ピースボート怪しい、ピースボート真実、ピースボート正体、ピースボート闇、ピースボート洗脳、ピースボート北朝鮮

ピースボート怪しい、ピースボート真実、ピースボート正体、ピースボート闇、ピースボート洗脳、ピースボート北朝鮮・・・これ、どうなの?って思ってしまってもおかしくない。。。

当時のネットの書き込みは、無法地帯。内容は関係者も困るほど。。。乗りたいと悩んでいる人の気持ちを折るには十分すぎるほど見ると変なことしか書いてなかった。今では体験者がそれぞれの価値観をたくさんアウトプットしてくれているので、情報は得やすい時代。

みなさんのメディアリテラシーはいかがですか???私も、妻も、娘も乗船しましたが、それぞれ全く違う認識。

私は、乗船する前あまりネットの書き込みのことは気にせず「仲の良い先輩が乗った(つまりしっかり帰ってきた)から乗る!」「今しかできないことをやりたい」の一心。自分が信頼している人から聞いた情報。それだけで十分。35年間休まず周り続けていること、その実績から、今でも世界中から注目を集め続けている。

ピースボート怪しい、ピースボート真実、ピースボート正体、ピースボート闇、ピースボート洗脳に関しては、追ってまた書きたいと思う。

 

ピースボートに参加している人

ピースボートは

・選択肢が多い旅 ・フレンドリー、オリジナルな旅 ・他と比べて安い ・カジュアル・一人参加が多い ・ボランティアスタッフ割引がある

を切り口に検討する人が多い。

 

乗る目的は様々だが、共通していることを挙げるのであれば

100日間かけて、世界25か所を、1000人の参加者と一緒に、グルっと周る地球一周の船旅に参加したい!

と思ったこと、のみ。これが基本で、これらに個々人の想いが上乗せされる旅。

これまでに100回もの船旅(ショートクルーズ、ワールドクルーズ)を企画して、催行中止は一度もない。参加者・職員の想いもそれぞれ。

体験してみて、人間味あふれる、人生の糧になり、同じものを見ても見え方が違う、価値観が多様で、壮大な旅だった。

ひとまず、当たり障りない感想だが、一日一日が濃厚で、世界と自分と向き合うことができるので、スペシャルでオリジナルな空間であることは間違いない。

それだけで十分。

ピースボート体験談

2004年、自分が乗ったクルーズでは、アテネオリンピックを開催しているギリシャを訪れ、同時多発テロが起こった3年後の9月11日にニューヨークに行くような航路。

アテネ五輪 野村忠宏さん、谷亮子さんオール一本勝ち

これだけで世界が見れるとビビっときた。

台湾、ベトナム、シンガポール、スリランカ、エリトリア、エジプト、ギリシャ、イタリア、モロッコ、イギリス、ノルウェー、北アイルランド、米国、ジャマイカ、コロンビア、グアテマラ、カナダ、ロシア(結局行けず)。

今でも、高校の時に覚えた般若心境のように言える(仏教の高校でした)

 

グランドゼロ。ワールドトレードセンター跡地

旅の全容は想像にお任せ。旅の記録は追って記したい

ピースボートスタッフになるには

・ピースボートの船旅を経験すること

・やる気、スタッフの推薦があること

 

シンプルに言うと、これ。

全員ピースボートの船旅に乗っていることが前提。各自個人で世界中や日本国内を旅していたりする。職員は、大きくわけて国内、洋上勤務とあるが、人と人が支え合い、化学反応を考え、役割+αを責任を持って全うしている。

能力、経歴はいい意味で問わない。ピースボートを経験してどうだったか?自分は何をしたいか?ということを問いて、自ら門をたたく。船に乗れたこともさることながら、まさかその団体に入団するとは、乗る前は全く想像していなかった。

 

世界一周集団。

現場にいると当たり前のようになっていたが、冷静に考えたらすごい集まりだなと実感。

※右側のとろサーモン久保田みたいなのが自分。私は「6」周の間違い。アキレス腱を断裂した時の貴重な集合写真。

 

なぜピースボートスタッフになったのか

まずは「人」

船に乗った動機を話した時に

「そこに船があるから乗った?それは違う。船を出したいという人がいないと船は出ない」と、クルーズディレクター(船内の最高責任者)に言われたこと

「一緒にやろうよ」

と乗船前に一番お世話になった職員から言われたこと

 

ピースボートを体験した自分にとって、このシンプルな言葉だけで

自分が関わらない理由はありませんでした。

それだけで十分。

たくさんのチャンスとピンチを、ピースボートで経験し、今の自分があります。

 

今でも船が出港した時は、感動する。

職員だけでなく、もちろん参加者のみなさんも含めて

どれだけの人の想いを乗せて船が出ているのかなと思うと、感慨深いすぎる

出航した瞬間。

参加者も職員も、目的、想いもバラバラ。

「船に、世界に興味を持っている」ということだけ。

それだけで十分。

 

 

ベトナム、スリランカにて

ベトナムの第3の都市ダナンにて。

自分のショッピングのわがままに付き合ってくれて町中一緒に走り回った現地の若者たち。申しわけないからもういいよ、と言えないくらい本気で愛情を注いでくれて、人の優しさに気付いた。2日間パートナーとして一緒にいてくれたタオさんは、最後は人目もはばからず泣いて出航を見送ってくれた。自分にない感情をたくさんくれた。

中央がタオさん。純粋なリーダーでした。

インド洋の真珠「スリランカ」。

南部の都市コロンボの郊外にある孤児院。

当時は国際協力、交流って難しいものと思いながら孤児院の門をくぐった。

盛大な歓迎とは裏腹に、小さな子どもたちは特に照れながらも、交流ができた。

日本のボンカレーとスリランカ激辛カレーを交換したことがツボだった。

なぜ孤児院にいるの?という疑問

日本では孤児院という単語は近年耳にしなくなったと思うが、自分も全く考えたこともない世界だった。停戦状態だったスリランカなので、、、おそらく戦争孤児にでもなったのかなと「安易に」想像だけしていた。

 

ただ現状はもっと残酷。

親は近くに住んでいる。たまに見かけたりもする距離。

経済的に子どもと暮らすことができずに捨てられた子どももいた。

 

自分の想像を超える答えに、何も言えなかった自分がいる。

なのに、なぜこの子たちは、こんなに笑顔で優しいんだ?

スリランカの孤児院にて

人が待ってくれている旅

6か月~1年以上前から、ピースボートを待ってくれている人がいる旅。

35年で回り続けたことでできた現地のつながりは、私の心をとてつもなく動かした。

 

スリランカの子どもたちは、経済的、政治的なことも含めて、世界を回ることはできない環境にある。パスポートを取ることも、ましてやビザを取ることも困難。

ピースボートの参加者が、唯一、異文化と接することができるチャンス。

その自然な優しさは、「また来てほしい」と心からにじみ出る素直な綺麗な気持ちだった。

旅ができることの幸せ。忘れかけていたことを思い出させてくれた。

2004年12月26日 スマトラ沖地震

スタッフになったばかりの時、スリランカ近くが震源地の大地震が起きた。

津波の映像などみてさらに衝撃を受けた。悲しいニュースを実体験で語るのも躊躇したこともあったが、孤児院の子どもたちの安否が心配になった時、新聞、テレビの出来事が初めて自分ごととしてとらえることができた。。。あの時の感覚は今でも覚えている。。。ピースボートは1995年阪神淡路大震災から、世界中で災害支援を実施している。海水で飲めなくなった井戸水を飲めるように、現地のカウンタパートナーと協力して浄水機を支援した。船がスリランカに寄港できるようになったのは、1年後。その際もたくさんの支援物資を提供した。

時は経ち、2011年東日本大震災。

ピースボートは宮城県石巻を中心に災害支援を行っていた。その時に真っ先にかけつけてくれた国際支援団体が、スリランカだった。

全世界からたくさんのボランティアが来日

屈強なスリランカの人たちは民家にあるコンテナをアッという間に運んで、避難所で文化交流を実施してくれた。このご縁と、彼らの言う「恩返し」は、何を語らずとも私たちに伝わった。

ピースボートで働いてみて

実際にピースボートスタッフとして働いて感じたこと

応援してくれる人がたくさんいるピースボート

職員は20代、30代が多く、切磋琢磨、突っ走ってこれたことが何よりも衝撃で、刺激的だった。あの巨大な船を出し、動かしているすごいことを同世代がしていたこと自体が一番衝撃だった。

苦楽もある。そんな時、洋上ゲスト(水先案内人)のみなさんから具体的な叱咤激励と大切にしたい情熱をもらったこと、何よりピースボートが大好きで何度もリピートしてくれる参加者のみなさんがいたこと、ピースボートの存在価値を知り、応援してくれる人たちがたくさんいることに気付き、本気で船出そう、っ て思い続けたから。

家族を大切にしてくれるピースボート

家族を持つ。チャンスとチャレンジを支えてくれた職場でもあった。

職場環境は、十二分な体制はなくとも、私にとって十分だった。家族には迷惑かけたが、家族も理解してくれたことが大きい。幼少期に乗った娘も、今でも船の経験を共有し続けていて、今でも間違いない経験として生きている。

家族、親戚、近所など希薄になっている社会だが、 ピースボートで出会ったかっこいい大人、笑いあえる大人達の姿を見ていたことが、何よりも娘達の成長に繋がった。次女も、「次は動く船に乗りたい。。。かも」と言っていた。そのうちボランティアスタッフに登録するかも知れないね。

世界で唯一無二の「場所」

船を出して社会にコミットする団体はどこにもなく、自分の行いが団体に直結していたこと全てが自分を成長させてくれた。先ほども話したが、「そこに船があったから乗った」と登山家の名言をもじってクルーズディレクターに話した時の自分が恥ずかしいと思ったほど。ノーベル平和賞受賞(2017年ICAN)や新造船エコシップなど、全ては35年間、本気な人達が本気で船を出し続けた結果。どこを探しても世界で唯一無二の船。

見えない部分、縁の下で踏ん張っている部署、役割があるから船が出ると知ってからは、さらにピースボートの可能性を知ることができた。

アウトプット前提でインプットする。学んだことは次に伝える。

多様な人が集まる場所で、かつ個人の自由が認められる場所。

やりたいと思ったらできる空間、職場がピースボート

全世界のスタッフが集まるグローバルミーティング2017

これから

ピースボートでの経験は、全てが自分の原点であり、刺激と学びが多い成長できる空間。間違いなく、自分の魂が揺さぶられること、魂が喜ぶことが、船を出すことだった。

責任を持って最後まで船を出すという精神は、マッチョなようで、これから人生何をするにでも当てはまること。そして成長させてもらったと自負しています。今後、自分の人生の「船」を出していく時に、大切な14年間でした。

これからは、田舎で、家族と一緒に船を出します。※残念ながら海なし県です:笑

良いことばかり書いた偏ったブログ:笑関係者のみなさまにあてた手紙だと思っていただけたら幸いです

 

今日も世界中のピースボート関係者が、船を出すことに魂を注いでいることへの

敬意と感謝を込めて。お世話になりました。

つぶらな瞳に大きな顔。
頭回りは61.5㎝

 

6 件のコメント

  • シゲさん。ご苦労様でした。支援物資仕分けで着物を分類したのが知り合った最初でした。頼もしい人だと思ったことを覚えています。これからはご家族と一緒に人生航路を乗り切ってください。お元気でね。 fuku

    • ふくちゃん!ありがとうございます。これからがスタートです。また近況報告させていただきます。

    • 直接お話しできず失礼しました。
      これからもQPさん節でどんどん楽しんでください!

  • 94回のクルーズでお世話になってます。
    14年お疲れ様。貴重な経験シェアさせてください(*^ω^*)

    • お世話になりました。ありがとうございます。94回の仲間もたくさん職場にいたので楽しかったです。
      シェアありがとうございます。またぜひのぞいてください。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    30代・二児の新米主夫。田舎に生まれ育ち、世界一周、国際協力を経て、山梨県北杜市に家族で移住。転職、ゼロからのスタート。念のためJターン。目的を持った人が集まる場所作り計画中。生き方を振り返る記録や自己紹介になるブログ。都会から田舎への移住生活、田舎暮らし、農的暮らし、旅、家族について書き連ねる。 #山梨県 #北杜市 #移住 #家族 #子育て #世界一周 #田舎暮らし #農業 #くだらない写真 #農的暮らし #家族 #主夫#世界一周 #旅